柳亮『あの巴里この巴里』
『保田龍門・保田春彦往復書簡1958-1965』はいよいよ校正の段階となり、さまざまな最終調整に入っています。読んでいてどうもひっかかる、わからない箇所の1つに、龍門先生の「フェノサ氏のことを柳亮のÇaetlàで読み直した。」というフレーズがあり、雑誌に連載されたコラムだろうと推測して、図書館で当時の『みずゑ』『アトリエ』をひっくり返してみたが見つからない。気になる。ネットであれこれ検索するが行き当たらない。これは手強い・・・ついにこのあたりに詳しそうな先生にメールでうかがってみたが、どうもわからない。すると、K子先生が「雑誌ではなく、1949年刊行『あの巴里この巴里』のこと ではないか?」と...