本日は啓蟄です。啓蟄に因んでのいぬ・ねこ・かえるネタならいくらでもあるのですが、そればかりでは肩身が狭いので、ただいま深く細かな作業に潜行中にて、その話題です。
1冊の本の文字遣いをどうするか。
たとえば、「大きな、おおきな」「さまざま、様々」「など、等」いちばん困るのが「作る、創る、造る、つくる」。
小説もしくはエッセイならば著者のニュアンスで「おおきい」を「巨」と書くのもありですが(ありなんです。かなり年代物の小柳司気太・著『新修漢和大字典』によりますと)、教科書の場合はそういうわけにもいきません。
「つくる」の場合。ものによって漢字を使い分けたい、創造性とかオリジナリティのある制作は「創る」、手作業的なものは「作る」で、建築はやはり「造る」でしょ、という著者の意図があったとします。
論が進むにつれて、独創性を強く訴えたい作品の場合はどんなものでも「創る」を使いたいぞ、という気持ちがむくむくと湧いてくるわけです。
そうするとものすごく細かなレベルで文字遣いの判断があるわけで、そんなことは具体的に無理。ましてや読者が著者の思い入れすべてを理解できるわけもない。
実はこれ以上に些末な事例がてんこ盛りに出てきます。一冊の本には。
教科書なのでいろんな表記が入り乱れていては読者が混乱する、完全な表記統一はむりでも一定のルールに沿ったものでなければ、いう版元ならではの切実さもあり、その落としどころを探るために、いま、ひたすら原稿の文字チェックをしています。
ややこしそうな文字を一覧表に書き出して、監修者や著者と相談しつつ、一冊の本の表記ルールを決めるのですが、
べつに入り乱れていたっていいんじゃないの? もともと漢字なんてほとんど当て字でしょ、と昔々に言われたこともあります。
そのとおりです。そのとおりなんですが、入り乱れた文字遣いは読みにくいんですよ。お願い、妥協してと言うしかないt:eehでした。
個人的にはピロイちゃんの「数パーセント」と「スーパー銭湯」みたいな話、大好きなんですけどね。
いまt:eehが気に入っている誤変換は著作権系商社です。ただしくは著作権継承者なんですが、あっても不思議じゃない誤変換です。
編集:t:eeh
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